2008.04.06
海と日傘-日記7
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長崎に行った。
電車が走り、百貨店の上には観覧車。
どこかで見たことのある風景。
でも違う。
何かが違う。
高速道路から都市高速に入ったころから感じた違和感。
曇りの天気がそうさせるのか緊張している自分。
息がつまりそうな状態になる。
松山で見慣れた風景から、一転目的地に向かうと恐ろしいほど
の坂道の応酬と難解な道。考えすぎだが、何か自分自身が拒ま
れているようにも感じた。
やっと到着した資料館。
ゆっくりと外観を見ながら玄関へと進む。
まだ緊張が解けない。
シルバー人材センターの人々が丁寧に手入れをしている
美しいエントランスを楽しむことが出来ない。
また息がつまりそうになる。
やっとた辿り着いた入り口。
そこで一人の女性と目が合った。
ボランティアガイドの女性、松田さん。
なんか無性にその人に近づきたくてお願いをする。
快諾。
入場。
いきなり時を刻む音に足が止まる。
練習当初のメトロノームのイメージと合致。
そこで投下の瞬間のカラー映像を見る。
足がすくむ。
美しいのだ。
そこに写ったきのこ雲は本当に醜悪で美しかった。
人間が作り出した人口の雲。
自然界にはない形。
繰り返されるキノコの連続に不気味に魅入られる。
ただ、その頃には不思議と緊張も解け息苦しくもなかった。
何か少し確信に満ちたものが流れ創めていた。
妙に落ち着いて振り返る。
そこに振り子時計。
11時2分で息絶えたもの。
丁寧に展示されたその時計は見覚えがあった。
振り子の部分に振り子はなく、歯車が。
確かに見覚えのあるイメージ。
もう驚かなかったがまた確信。
さらに落ち着く。
深呼吸。
それからガイドの女性に促され説明を聞く。
いろいろな感情が入り混じって泣く。
しっかり泣いた。
しっかりと泣いてから前を見た。
松田さんは静かに待ってくれていた。
それから1945年8月9日11時2分に何が起きたのかを知った。
はじめて知った。
おそらくは本当に一部の一部だが、知った。
今回の公演に「海と日傘」を選ばずにいたら知りえなかった
ことを知った。
松田さんは真実は語らず淡々と事実を伝えてくれた。
それは自分の中の真実を見極めろという宿題に聞こえた。
原爆という事実は問題ではない。
それが投下された真実を自身が知るべきだと。
反対?賛成?でもない。
過去の痛みから学習しなくてはならない。
それぞれが生きるためにすべきこと。感じる痛み。
自分にはそれがない。
自分にはそれがないことを知った。
でもそれがないことを知ったということは大きかった。
今後すべきことの軸が目標として現れてきた。
松田さんにお礼を言って別れる。
別れ際に松田さんから「私もあなたに会えて幸せでした。」と言われる。
その後紹介してもらった爆心地公園へ
道すがら出会う。
少女に再会。
やはり物語りの起源があった場所。
そこに自分と関係するものを見つけた。